縁にわずかな硝子を残しただけの、ほとんど穴といっていい窓の向こうから、調子外れのギターの音が聞こえる。寝ずの番の生徒はああやって、ぼろぼろのギターを鳴らして夜をやり過ごすのが、アリウス分校の習わしだ。持ち主も弾き方もわからないそのギターを、サオリも鳴らしたことがある。
次の作戦に向かうべく、学園間を結ぶ幹線道路を徒歩で行く。車両を確保できない時、尾行のリスクを減らす時の常套手段。スクワッドは道沿いにあるこの廃屋を今日の寝床として与えられた。光の差さない隅では三人が眠りについている。自らを抱え込むように丸まるヒヨリ、腹の上に手を置いて静かに眠るアツコ。枕代わりのバックパック、かけられた古い毛布。ヘイローはとうに消えている。小さい頃から幸せそうに眠る二人は、大型の輸送トラックが道路を駆け、廃屋を揺らしても起きる気配はない。
誰かがギターを弾いている。車両のエンジン音が遠くから聞こえる。単調な音はサオリに浸透し、とろとろとした眠気に変わる。横になって目を閉じる直前、隣を見やる。暗がりに溶け込む光のない目。赤い十字のヘイローが確かに灯っている。膝を抱える彼[ミサキ]と目が合う。 「眠れないのか」 このところ彼女は、寝ずの番でもないのに起きている。そうやって翌朝、目の下に深い隈を拵えてスクワッドの面々を見据える。おはようと気怠く呟く。訓練や任務は問題なくこなしているように見えるが、注意力や集中力の低下が見てとれる。
「あれ……うるさい」 「どんな理由があって、あんなこと」 「……ねえ」 誰かがギターを弾いている。
いくつ答えても次の問いが生まれる。答える、問われる、答える、問われる、繰り返す。足を交互に出して歩を進めるように、あるいはどこにも行けないまま行っては戻る振り子のように。いくら夜が深まっても。
- 穴のような窓から漏れる光が、いつのまにか白んでいた。
- 夜は未だ明けない。