用事があってコンビニまで出かけた。すぐ近くの国道が工事をしていて、この時間に作業をしていた。無骨な発動機から無機質な鉄棒が伸び、その先にわざとらしいくらい白い照明がついて辺りを強烈に照らす。赤い誘導灯をくるくる回して車を通す人、棺を埋める溝のような穴の周りでなにやら作業に取り組んでいる人。夜行性ではあるが0時から7時までのコンビニ夜勤を数ヶ月で投げ出した身としては頭が下がる思いである。公道で車を運転する人間はおおよそがきちんと正気を保っているとは思うが、故意や過失で事故が起きないとも限らない。そんな中で眠そうな素振りも見せずに作業に勤しむ作業員たち、用途のわからない機材や車、不自然な光を点す照明と唸る発動機。なんだかすごく美しいものに感じられて、前も見ずにそちらばかりを見て歩いた。自分の労働が仕事未満のお遊びに落ちぶれてしまっているので、仕事をしている人に畏敬の念が湧く。すごい。学歴主義者(というかコンプレックスを持っている)の母親がいつか『勉強して良い大学に行けば、ああいう仕事だけじゃなくて色んな仕事を選べるんだよ』というようなことを言っていてそれには一定の理があると思うが、そもそも自分が勉強を捨てていたとしてもああいう風に働けるだろうか、と思う。彼らには彼らの大変さがある。それはそう。どんな仕事もそれなりに大変であり、大変でない仕事に就けるのはすごく幸せなことなのだ。別に苦難を賛美したいわけでなく、現代社会で生きるには金が必要で、大多数の人間が金を得るために取りうる手段が仕事というか労働で、労働はおおよそ大変である、というだけ。十分な金が継続的に得られるなら仕事ないし労働はしなくてもよいが、そういう人間はあんまりいないのでだいたいの人間が働くことになる。なんの話だったか。
徒歩数分のコンビニへ往復する道で色んな光を見た。あざとい照明の白。信号の赤と青。ああいう光がぼやけていくつもあるように見えたのが眼鏡をかけるきっかけだった気がする。水中にいるような見え方をする光。
書くことはたくさんあるような気がしたが酒のせいか考えがまとまらなくなってきたので終わり。